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札幌高等裁判所 平成7年(行コ)15号 判決 1996年12月26日

北海道苫小牧市三光町四丁目二-四

控訴人

山本克己

右訴訟代理人弁護士

林裕司

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被控訴人

右代表者法務大臣

松浦功

右指定代理人

土田昭彦

吉永元男

伊藤正之

池田敏雄

坂下晃庸

柏樹正一

房田達也

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、二六四三万五一〇〇円及びこれに対する平成元年一二月三〇日から支払済みまで年七・三パーセントの割合による金員を支払え。

3  仮執行宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  主文第一項同旨

2  仮執行宣言が付される場合、担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二事案の概要

一  本件は、所得税について青色申告の承認を受けていた控訴人が、青色申告の承認が取り消されることを前提として従前の所得税についてした白色修正申告は、客観的に明白かつ重大な錯誤に因るもので所得税法の定めた方法以外にその是正を許さなければ納税義務者である控訴人の利益を著しく害する特段の事情があると主張して、被控訴人に対し、右白色修正申告に基づいて納付した二六四三万五一〇〇円の返還及びこれに対する納付の日の翌日以降の日である平成元年一二月三〇日から還付のための支払済みまで国税通則法五八条所定の年七・三パーセントの割合による還付加算金の支払を求めたところ、原審は右請求を棄却したので、控訴人が控訴した事案である。そのほかは、原判決二枚目裏六行目冒頭から同一二枚目表六行目末尾までに記載と同一であるから、これを引用する。ただし、原判決七枚目裏三枚目の「承認」の次に「の取消し」を加える。

二  控訴人の当審における補充主張

1  国税通則法上、修正申告を含む納税申告の効力発生時期については、同法二二条で定める郵送による納税申告書の提出の場合を除き、民法上のいわゆる到達主義(同法九七条一項)により納税申告書提出(到達)時にその効力が発生するものとされている。なお、右によれば、被控訴人の主張するように合意等により提出時と異なる時点を効力発生時点とすることはできず、また、納税申告は、事実の通知であるから、意思表示の場合とは異なり合意によって条件を付することにもなじまない。

2  そして、右提出(到達)とは、一般に納税申告書が当該税務署長に事実として到達することであり、当該税務署長がその到達を了知できる状態に至っていることで足りるから、本件修正申告による白色修正申告は、満子が苫小牧税務署職員である成田らに本件修正申告書を提出した平成元年九月八日に効力が発生している。しかし、右の当時、控訴人の青色申告の承認取消処分前であり、本来、修正申告は青色修正申告によるべきであったにもかかわらず、満子は、白色の本件修正申告書を提出しその効力が発生しているものであるから、満子には修正申告の形式、表示内容及び金額において錯誤があり無効である。しかも、本件修正申告は、税務署職員の誤った指導に基づくもので、その無効は重大かつ明白である。

3  仮に、合意により納税申告の効力発生時期を申告書の提出(到達)時と異なる時点とすることができるとしても、国税通則法が原則としていわゆる到達主義によっていることを考慮すると、単に申告者と税務当局に合意が成立すれば足りるというものではなく、右合意による効力発生時期の例外的取扱いを認めるためには、合理的理由又は特段の事情の存することが必要である。

しかし、本件では、満子が苫小牧税務署職員である成田らとの間で同人らが本件修正申告書を「預かる」という合意をしたこと自体に争いがあること、青色申告の承認取消処分を行った後に本件修正申告書を提出させることに何らの支障もなかったから、右合意による例外的取扱いをする合理的理由も特段の事情もなかった。

三  被控訴人の控訴人の右主張に対する反論等

税法上、納税申告等の効力発生時期を判定する一般的基準についての特別の規定はなく、国税通則法一九条及び二一条も申告書等が税務署に到達した時に、当然に当該申告等の効力が発生すると規定しているわけではない。もっとも、この点については、原則として、民法上のいわゆる到達主義により、納税申告書の提出(到達)時にその効力が発生するものとされているが、民法上、いかなる場合においても意思表示の効力発生時期を到達の時としているわけではなく、当事者の合意などによりこれと異なる時点をその効力発生時期とすることができることはもちろんであり、本件についても、国税通則法一九条及び二一条が申告者の了解の下に申告書等を事実上預かることを一義的に禁止しているものではない。

第三証拠関係

原審記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四争点に対する判断

一  当裁判所は、控訴人の本訴請求は理由がないものと判断する。その理由は、次のとおり、付加、訂正するほかは、原判決一二枚目表一一行目冒頭から二二枚目表一行目末尾までに記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一五枚目裏六行目の「たい旨」の次に「、今回の調査についての修正申告及び納税は誠意を持って行う旨」を、七行目の「菅原」の次に「及び成田」をそれぞれ加え、一一行目の「提出」を「菅原らに交付」に改める。

2  同一六枚目裏一〇行目の「前示の」から一七枚目裏三行目末尾までを次のとおり改める。

「 前示のように菅原及び成田らは、平成元年九月八日、満子からの本件修正申告書提出に先立ち、満子に対し、控訴人の青色申告承認が取り消される見込みであることを告げた上で、取消しのあった場合に備えて白色修正申告書を提出するように促しているのであるから、満子としても、右申告書を成田らに交付するのはこれを同人らに預けるものであり、本件修正申告書が意味を持つ(すなわち本件修正申告書が苫小牧税務署長に提出されたものとして正式に受理される。)のは、控訴人の青色申告の承認取消後のことであることは了解していたというべきである。したがって、右時点で控訴人が未だ青色申告者であったにもかかわらず、満子が白色の修正申告書の様式を用いて青色申告承認取消しによる所得金額を課税標準として記載した本件修正申告書を作成し菅原及び成田らに交付し、同月一一日青色申告承認が現実に取り消された後に前記税務署長に提出の事務処理がされ、右申告に基づく所得税本税及び重加算税の納付を余儀なくされたとしても、満子は、控訴人の青色申告の承認取消しがあることを前提として、その時点で提出受理されるものであることを了解して本件修正申告書を作成し交付しているもので、この点に認識の齟齬がない以上、満子に修正申告の形式、表示内容及び金額のいずれについても錯誤の事実を認めることはできない。

控訴人は、国税通則法上、修正申告は修正申告書の提出、すなわち、税務署長又は当該税務署職員に事実上右申告書が到達することにより効力が発生するもので、満子が苫小牧税務署職員である成田らに対し本件修正申告書を提出した平成元年九月八日時点で白色修正申告の効力が発生していること、しかし、右の時点では、控訴人の青色申告の承認取消前であったから、修正申告書を提出するとしても、青色修正申告書によるべきであったのに、満子は、白色の本件修正申告書を提出しその効力が発生しているもので、満子には、修正申告の形式、表示内容及び金額において錯誤があり無効である旨主張する。

国税通則法二一条一項では、納税申告書は、その提出の際におけるその国税の納税地を所轄する税務署長に提出しなければならない旨を定めている。国税通則法上、納税申告等の効力発生時期に関する一般的基準について特段の定めはないが、同法二二条では、申告書が郵便により提出された場合について、郵便物の通信日付印により表示された日に提出されたものとみなすとしていることに照らすと、納税申告書の効力発生時期は、原則として、民法九七条一項に従い申告書が税務署長に提出された時と解される。

前記認定の事実によれば、満子は、菅原らから告げられて青色申告の承認が取り消される見込みであることを認識し、右申告書は、青色申告の承認が取り消された後に苫小牧税務署長に提出する事務処理がなされ申告としての効力が生じることを承認した上で、右取消しのあった場合に備えて予め右申告書を菅原らに交付しているものであり、菅原らは右申告書を青色申告の承認取消後に右税務署長に提出するために満子から予め預かったものということができる。右のような菅原らの申告書に関する事務処理は、前示した国税通則法の申告書に関する規定の趣旨に反し、事務処理としては相当といえないと考える余地があるけれども、満子は右の事務処理がなされることを予め容認していること、当時青色申告の承認の取消しが時間的に近い段階で行われることが確実に近い程度で見込まれ、現に、交付時点から間もない平成元年九月一一日に青色申告の承認が取り消され、同日本件修正申告書提出の処理がなされていることを考慮すると、法の前記規定も、右のような事務処理を違法として申告の効力を否定する趣旨とまでは解することはできない。したがって、本件修正申告書は、青色申告の承認が取り消された後に苫小牧税務署長に提出されたものということができるから、満子に控訴人の主張するように申告書の形式及び内容に錯誤があったということはできない。

控訴人は、右事務処理により、青色申告承認の取消処分及び青色申告承認の取消しに伴う更正に対する各不服申立ての途を閉ざされたと主張するが、本件修正申告書の提出は満子が任意になしたものであることから、控訴人の右主張は採用し難い。」

3  同一九枚目表三行目の「取消し」の次に「の可能性が高く、そ」を加え、五行目の「はない。」を「はなく、修正申告及び納税を誠意をもって行う旨の申述書を提出している。」を、七行目末尾の次に「なお、控訴人は、平成元年一一月一一日付けで苫小牧税務署長に対し、本件修正申告書につき満子が無断で押印提出したことを理由に本件修正申告を取り下げる旨の取下書(甲第六号証)を提出しているが、満子による本件修正申告書の提出は控訴人の代理人として有効な行為であることは右認定のとおりであり、右取下書提出の事実をもって、本件修正申告書提出が控訴人の意思に基づかない無効なものとはいえない。」をそれぞれ加える。

4  同一九枚目裏一〇行目の「ある等主張する」を「あり、また、満子が本件修正申告書を提出したのは、右の税務当局の圧力のもとに提出したものであって、本件修正申告書が正式に受理されるのは青色申告承認の取消後とする趣旨で本件修正申告書を預けることの了解はなかった旨主張する」に改める。

5  同二〇枚目表六行目の「難くないが、」から同裏二行目末尾までを「難くはない。しかし他方、控訴人の本件脱税の事実は、既に税務当局に発覚していたところ、甲第八号証、証人満子の証言中には、満子は、本件修正申告書に署名捺印のうえ提出した理由として、さらに税務調査を進められるよりも修正申告書の作成に応じる方が控訴人の事業を継続するためには得策であると判断したとする供述もあることに照らすと、満子は、本件修正申告に応じないことによる利害得失を十分に考慮した上で右申告書の提出に応じたことが認められるのであり、満子が右のように心理的に切迫した状況にあったとしても、満子の錯誤又は控訴人の主張する税務当局の圧力による意思表示の欠缺又は瑕疵に基づくものであったとまでは直ちには認定することができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。したがって、満子が右のような心理的状況下で本件修正申告書に署名捺印し提出したとしても、このことから直ちに所得税法の定めた方法以外に過誤の是正を許さないならば納税義務者である控訴人の利益を著しく害するとはいえない。」に改める。

6  同二一枚目表一行目の「最終的に」の次に「控訴人の代理人である」を加える。

二  よって、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は正当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宗方武 裁判官 小野博道 裁判官 土屋靖之)

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